1時限目 植物性ケトン食の意味・食後代謝と空腹代謝
植物性ケトン食の意味を知りたい
佐藤恵子 先生、植物性ケトン食って一体何ですか?
田中博士 はい。植物性ケトン食とは「植物性」プラス「ケトン食」のことです。ここで植物性とは、動物は食べずに植物だけを食べるということ。動物は動くことのできる生物で、植物は動かずに光合成をする生物です。光合成というのは、光を受けてその光のエネルギーを使ってさまざまな栄養素を合成できる生物だと言えます。
ではケトン食って何だろう、と気になりますよね? 植物性とか動物性とかは普段からよく使う言葉だからそんなに難しくないと思いますが、ケトン食というのが何かを知らない方は多いはずです。初めて聞く言葉でも、私たちの体の健康や病気の治癒においてとても大切な単語ですから、しっかり理解していただけると嬉しいです。
ケトン食とは「ケトン体」を体内で作り出すようにする食事のことです。はは、じゃあケトン体って何だ、って思いますよね? ケトン体は、生物の体が作り出す栄養素だと考えてください。私たちの体に最も多く必要な栄養素を「3大栄養素」と言いますよね。炭水化物・タンパク質・脂質、これが3大栄養素です。これからは「脂質」と「脂肪」は同じ意味だと思っていただいてかまいません。
ケトン体は、3大栄養素に続く第4の栄養素として知られるようになってきました。最近20年ほど前から多くの科学者がケトン体の重要性を理解するようになり、今では毎年数百本にのぼる関連研究が報告されています。後で詳しくお話ししますが、今は「ケトン体は脂質が肝臓に運ばれて作られ、脳と心筋で使われる第4のエネルギーだ」とだけ理解しておいてくだされば大丈夫です。
重要ポイント ● ケトン体は第4の栄養素
- ケトン体は脂質を原料として肝臓で作られる
- ケトン体は空腹時、脳が使うエネルギーの70%を供給する
- ケトン体は胎児の段階から栄養素として利用される、安全な栄養素である
佐藤恵子 ケトン体が第4の栄養素ですか。炭水化物、タンパク質、脂質の3大栄養素で十分じゃないんですか? ケトン体って初めて聞く言葉です。ケトン体とは何で、どこに使われるんですか?
田中博士 はい、いい質問です。ケトン体については後の授業で詳しくご説明しますが、簡単に言えば、脂質が肝臓に運ばれて変換された栄養素の形態のことです。なぜケトンが必要なのか、いつ必要なのか、どこに使われるのか──そういう疑問が湧くのは当然です。聞いたことも見たこともない子がいきなり登場して『私は重要なんですよ』と言うんですから。では、ケトン体の説明の前に、まず知っておいていただくと役立つ概念からお話しします。一つめは、私たちの体のエネルギー代謝には『食後代謝』と『空腹代謝』の2種類があるということです[1]。
体の代謝には食後代謝と空腹代謝の2種類がある
重要ポイント ● 体の代謝は2種類
- 食後代謝──食後から6時間まで
主役の代謝は炭水化物 - 空腹代謝──食後6時間以降
主役の代謝は脂質
田中博士 食後代謝は食事の後に消化管で栄養素が吸収されながら細胞でエネルギーを生成する過程で、空腹代謝は食事ができずに飢えているときに体内で起こるエネルギー生成過程です。
鈴木美咲 スーパーにも食べ物がいっぱいありますし、まわりに食堂もたくさんあるのに、なぜ飢える話になるんですか?
田中博士 はい、そう思うのも当然です。スーパーに行けばいつも豊富にいろいろな食品が積まれているし、街に出れば食堂が立ち並んでいる。だから私たちは簡単に食べ物を口にでき、1日3食に加えて間食や飲み物までよく口にしています。でも1960年代までは、日本でもいわゆる『食糧難の時代』があって、食べることに困る人が多かったそうです。今の日本は世界の中でもかなり豊かな国になりましたよね。私がこんな話をするのは、日本が世界の平均から見てとても豊かな国になり、飢えで亡くなる人がほとんどいなくなったということをお伝えしたいからです。
鈴木美咲 はい。世界では栄養失調や飢餓状態にある人がたくさんいるという話は聞いたことがあります。いつだったか道を歩いていて、アフリカや貧しい国で飢えている人々のために寄付をという案内を配っているボランティアの方々に会ったこともあります。写真展もしているのを見ました。
重要ポイント ● 自然界の動物は食後代謝と空腹代謝を繰り返す
- 夏と秋──食料が豊富、食後代謝が進む
- 冬と早春──食料が乏しく、空腹代謝が進む
田中博士 そうですね。今でも第三世界の貧しい国々では飢えに苦しむ人がたくさんいるそうです。栄養的に欠乏状態にある人口が世界全体で約10億人いると言われています。そして毎年3千万人が飢餓で亡くなっているとも。1960年代に窒素肥料が広く生産されるようになるまで、人類の歴史は飢饉の歴史だったと言えます[2]。歴史的にほとんどの人々は、いつも食べ物が足りない暮らしをしてきたということです。窒素肥料を作る方法が発明されてから、穀物の生産量は30年で2倍に急増しました[3,4]。人類の歴史で、こんな短期間に2倍もの穀物を生産するようになったことは、それまでなかったんです。それでも今もなお、冬と早春に食べ物が足りずに飢えるのは、自然界の野生動物にとってはごく自然な現象です。夏と秋は食料があふれ、冬と早春は食料が足りない、というわけです。
佐藤恵子 はい。今でも世界中に飢えに苦しむ人がたくさんいる現実の中で、自然界では寒い冬に食べ物がなくて多くの動物が飢えるというのはわかります。ふと、冬眠する熊の話を思い出しました。熊は冬の間、何ヶ月も眠っているそうですね。でも眠っている間も呼吸をして体温を一定に保たないといけないから、体の中ではずっとエネルギーが作られていないといけないはずですよね。(少し考えてから)あ、なるほど。先生がおっしゃった空腹代謝というのは、冬眠する熊の中で起きているエネルギー生成過程のことなんですね。だとすると、食事を摂るときにエネルギーを作る食後代謝と、食事を摂らないときにエネルギーを作る空腹代謝には、どんな違いがあるんですか?
田中博士 そうですね。冬眠中の熊は食べていないのにエネルギーを作っている。これを空腹代謝と考えていただければいい。ある現象や事実を理解するときには、違いを比較することで概念をより具体的にわかりやすく理解できることが多いんです。簡単に言うと、食後代謝は炭水化物を主な燃料に使ってエネルギーを生み出すもので、空腹代謝は脂質を主な燃料にエネルギーを生み出すものだと考えてください。
鈴木美咲 私たちの主食はご飯やパンですから、食事のときに炭水化物を主な燃料に使うというのはすぐにわかります。でも、食べていないときにどうやって脂質を燃料に使うんですか?
田中博士 まさにそれが、私たちが今からお話ししたい核心の内容です。食べていないのにどうやって脂質をエネルギーとして使えるのか? そしてなぜ脂質を空腹時にエネルギーとして使うのか? これを理解するには、体に蓄えられる栄養素の『貯蔵効率』という概念を理解する必要があります。