0時限目 最初の授業の前と登場人物紹介
田中博士(微笑み)
「今日からお肉なしで、もっと健康に生きていきましょう。」
受講生たち(声をそろえて)
「ええええ???」
30代女性
「タンパク質はお肉から摂るものでしょう!」
田中博士(目を輝かせて)
「今日からその常識をアップグレードしてさしあげますね。」
小林春子
「80歳のこの歳で、脳もよくなるんですか?」
田中博士
「脳細胞は最後まで生きています。植物性ケトン食が目覚めさせるんですよ。」
鈴木美咲(心の中)
「おっ……面白そうかも?」
佐藤恵子(心の中)
「これは絶対学ばなきゃ。」
山田佳子(心の中)
「なんかありそうやわ。」
はじめに
「植物性ケトン食の自然治癒原理」と先にタイトルだけ決めて初稿を書き上げ、関心を持ってくださる方々にご意見を伺った。一人の方からこんな返事をいただいた。
「先生。私の知る限り、ケトン食について先生ほど詳しい方は多くありません。ですが今の人たちは本をなかなか読みません。特に面白くなければなおさら読まないんです。科学的な研究や論文、表やグラフをもう半分くらいに減らしてはどうでしょう。代わりに、先生がご自身で経験されたお話をもっと載せてみてはいかがですか。ストーリーがあるほうが理解しやすいですから。」
そのご意見を聞いて、なるほど確かにそうだなと思った。なぜなら、博士号を取った後の2017年頃に意気込んで書いた専門書『菜食治癒学』は600ページ近い大著だったが、私自身ですら読み返したいという気にはならなかったからだ。一方、20年あまり前、大学院に進学する前に最初に書いた『菜食ものがたり』は、今読み返しても面白く、くすくす笑いながら楽しんで読んでしまう。
もちろん、専門研究ジャーナルを総合した『菜食治癒学』には、菜食の健康的利点を科学的根拠に基づいて集大成したという自負はある。だが、肝心の一般の方が読まないのであれば、それになんの意味があるだろう。そこで私は考えを改め、語りかけるような文体で書き直すことにした。これまで実際に経験してきたさまざまなエピソードを率直にお伝えしつつ、専門的な内容も友人に話しかけるようにわかりやすく書こう──そうした方針で文章の方向を定めた。この本が読者のみなさまに、少しでも面白く読んでいただけたら嬉しい。
登場人物
田中博士 菜食博士。菜食運動家。元は予備校で浪人生に化学と生物を教える講師だった。菜食運動に取り組むうちに食品栄養学科の大学院に進学して博士号を取得。博士号取得後、菜食栄養研究所を立ち上げ、菜食栄養講座を開いている。都内の下町、5階建てのビルの屋上部屋に一人暮らし。最寄り駅近くのビル2階に研究所兼講義室兼事務所を構えている。
山田佳子 中年女性。都内に小さなビルを数棟所有する資産家。5年前に腎臓がんが見つかり、腎臓を一つ手術で摘出。体がいつもむくんでいて、さまざまな健康講座を聞いて実践しながら自然治癒を目指している。
鈴木美咲 若いコンピューターグラフィックデザイナー。菜食を始めて3年目。猫が好きになったのがきっかけで菜食を始めた。栄養についての知識が必要だと感じ、講座を受講申し込みした。
佐藤恵子 幼稚園に通う子と小学2年生の子の母親。子どもたちのために有機農中心の健康な料理を作るのが好き。菜食講座を聞きに来ているうちに栄養学科に編入し、栄養士資格まで取ろうという熱心な女性。
小林春子 生まれた時から83歳の現在まで徹底的に菜食を続けている。日本で薬剤師、米国に移住して病院栄養士として30年間勤務後に退職。夫と日本に戻り、健康的な栄養情報を伝えに来たが、この30年で日本もずいぶん変わっていた。数年前に夫を亡くし、一人で栄養の勉強と菜食の実践を続けている。
0時限目 最初の授業の前
壁一面の大きな窓から、明るい朝の陽射しが差し込んでくる。40年前に作られた古い窓枠の隙間から、近くの公園の緑から下りてきた爽やかな朝の空気が事務所いっぱいに広がる。鉢植えのヤシの木たちが楽しげに朝の挨拶をする。壁時計は朝8時50分を指している。やがて廊下のほうから話し声が近づき、ぎいっと木のドアが開いた。
鈴木美咲 先生、緑茶お好きですよね。先生に飲んでいただきたくて買ってきました。
田中博士 おお〜、ありがとうございます。じゃあお湯は私が用意しますね。
お湯を沸かす。10分ほど経って湯が沸く。続いて緑茶を淹れ、湯飲みに注いで一杯ずついただく。芳しい緑茶の香りが立ちのぼる。鈴木美咲さんは20代半ばのコンピューターデザイナーだ。今はマーケティング会社で働いていて、会社はこの近くの駅前にある。彼女は猫を飼ううちに、ある時ふと、自分と心を通わせ情緒を分かちあっていた猫と、自分が食べていた肉が同じ「動物」なのだと気づいた。それ以来、菜食に食生活を切り替えたのだ。
緑茶の香りを楽しんでいるところへ、ドアが開く。先週も授業に来ていた山田佳子主婦である。
山田佳子 先生、先生のせいで私、転んで鼻の頭ぶつけそうになりましたわ。
一週間ぶりに会った関西出身のおばちゃんは、にこにこ笑いながら楽しげに私に文句を言ってきた。私は都内、ビルの2階にある15坪ほどの事務所で菜食栄養講座を開いている。朝は澄んだ空気とともに陽のよく入る事務所で、週末コースと平日コースに分けて講座を行っていた。関西出身のおばちゃんが続けて話すのを聞きながら、私はあらためて植物性ケトン食の驚くべき自然治癒力を実感したのだった。
山田佳子 先生な、私実は5年前に腎臓がん見つかって、腎臓ひとつ取ってもうたんですわ。それで、ひとつの腎臓で老廃物を全部こさんといかんから、いっつも体がむくんでてな。腎臓の手術のあと、米国に行って幹細胞治療も2回も受けたんですよ。1回5千万ウォン(約500万円)やから、合わせて1億ウォン(約1千万円)使ったわ。
幹細胞治療のあと、ちょっとはマシになった気がしてたけど、それでもむくみは残ってましてん。ところがこの前、先生と最初に電話したときに、教えてもろたとおりに家でお米の量を減らして代わりに黒大豆を増やしてご飯炊いて食べたんですわ。それでナッツときゅうりとパプリカで一食食べたんやけど。そしたら体のむくみがびゅーんと引き始めたんよ。腎臓ひとつ取ってからずっと体中むくんでて、足までむくんでていつも靴一つ大きいサイズ履いてたんやけど、先生に教わったとおり植物性ケトン食したら、足のむくみが取れて靴がぶかぶかになりましてん。それで転びかけたんですわ。先生、ほんまにありがとうございます。
私は関西のおばちゃんがあまりに楽しそうに話しているのをにこにこと聞きながら、心の中で思った。
田中博士(心の中) そういえば先週は少しふっくらした方かなと思っていたが、あれは老廃物がうまく排出できずにむくんでいたのか。今日なんとなくドアを開けて入ってこられたとき、顔が少し明るくなって細くなったように見えたのは、そういうわけだったのか。
そんなことを考えていると、また木のドアが開く。
佐藤恵子 先生〜、ヘヘ、遅れてないですよね?^^ 主人がここまで送ってくれたんです。これ今日のお昼ご飯です。菜食で作ったものなんですけど、今日みんなでいただけるくらい多めに持ってきました。
田中博士 おお〜、お昼ご飯まで用意してきてくださって、ありがとうございます。
佐藤恵子さんは保育園に通う息子と小学2年生の娘を持つ30代後半の主婦である。出産前まではファイナンシャルプランナーとして個人向けに資産運用コンサルティングをしていた。菜食を始めて10年目で、子どもたちのために有機農中心の健康な食卓を整えることが好きだ。最近は菜食講座に熱心に通いながら栄養の重要性を認識し、栄養士資格を取ろうと栄養学科に編入して関連の勉強をしている。授業の前に植物性ケトン食の概念を知り、実際にケトン食を実践してみたら体のコンディションがいっそう良くなることを体感し、ますます熱心に授業に出席している。
田中博士 では今日の授業に皆さんお揃いですね^^ では授業を始めましょうか?
ふいにドアがぎいっと開いて、お年を召した方が一人入ってきた。
小林春子 こんにちは、先生。私が誰だかおわかりになりますか?小林春子です。
田中博士 ああ、小林先生。お久しぶりです、お元気でしたか? 郊外からここまで1時間以上はかかるはずですが、どうやっていらしたんですか?
小林春子 先生、今日ちょっと聴講させていただいてもいいですか? こないだ電話でお話ししたじゃないですか。電話で教えていただいたとおり、グルテンで作ったグルテンミートをやめて、代わりに黒大豆をいただいたんです。それからお米を少なめにして、エゴマを精米所で挽いてもらって、毎日大さじ2杯ずついただきました。そうしたら、脳の手術の後ずっとむくんでいた顔も体も、こんなにすっきり細くなったんですよ。私も米国で30年間病院栄養士をしてきましたが、自分の知っていたことが間違っていたんだと、今になってやっと気づきました。それで新しいことを学ぼうと思ってまいりました。
小林春子さんは20代で大学を終えた後、米国へ渡った。元は熱心なクリスチャンで、薬学部を出て薬剤師資格を取得。その後米国へ渡って臨床栄養士の資格を取り、30年間病院で栄養士として勤めて退職し、米国で結婚した。退職後ご主人と帰国し、米国の進んだ栄養の専門知識を伝えようとしたが志を果たせず、ご主人は数年前に他界された。その後一人で過ごしていたが、バスの中で転倒して脳の手術を受けた。それ以来顔がいつもむくんでいて、体調もよくなかった。それでもともと体質的に丈夫で、なんとか現状を維持していた状態だった。いつだったか私が栄養講座を始めたという連絡をLINEで送ったことがあり、見学がてらいらしたのだった。前回お会いしたときは顔も体もむくんでいて、つらそうな顔をしていらした。ところが今日、献立を変えて体のむくみが引いた小林先生は、83歳とは思えないほどで、青いジャケットを着た後ろ姿は20代の女子大生のようだ。
田中博士 もちろんです。来てくださってありがとうございます。皆さんもよろしいですよね?
みんな はい〜〜〜、歓迎します!